電車は決められた駅に必ず止まりますが、バスはそうではありません。
バスは降車ボタンを押さない限り、停留所を通り過ぎていきます。
普段なかなかバスに乗る機会がないと、「いつ降車ボタンを押したらいいんだろう?」とドキドキしますよね。
バスの降車ボタンを押すタイミングはいくつかあるのですが、中には運転手さんが困ってしまうタイミングもあるんです。
そこで今回は
- バスの降車ボタンを押すタイミングはいつ?
- 間違えて降車ボタンを押してしまったら?
- バスの降車ボタンは終点押す?
3つについてまとめました。
バスの降車ボタンを押すタイミングはいつ?

バスの降車ボタンを押すタイミングはいったいいつが正解なんでしょうか?
基本的には押すタイミングは個人の自由ではあるのですが、一般的な押すタイミングは、
- 「次の停留所は〇〇です」という車内アナウンスが出たあと
ではないでしょうか。
車内アナウンスは、前の停留所を出発して間もなく流れます。
車内アナウンスが流れたタイミングで降車ボタンを押すのが一番自然な流れ、と考える人は多いようです。
私はよくバスに乗りますが、車内アナウンスの途中で押す人もいれば、停留所が見えてきたギリギリで押す人など様々。
中には運転手さんが「ちょっとやめてほしい」と感じるタイミングもあります。
停留所を出発してすぐと、停留所につくギリギリで押すのはやめておこう
バスの降車ボタンを押すのに避けたほうがいいタイミングは2つ。
- 停留所を出発してすぐのタイミング
- 停留所につくギリギリのタイミング
まず、停留所を出発してすぐのタイミングで降車ボタンを押すのはやめたほうがいいでしょう。
ドアが閉まって、次の停留所のアナウンスもまだのときに降車ボタンが押されると、運転手さんは「降り遅れた人がいるのかな?」と思うそう。
実際、降り忘れた人が停留所を出発してすぐに降車ボタンを押して「すみません降ります!」と言っている場面に、何回か遭遇したことがあります。
もちろん全員が降り遅れた人ばかりではないので、運転手さんは「ここで降りられますか?」と確認しなければなりません。
停留所につくギリギリで降車ボタンを押すのもやめたほうがいいタイミングです。
バスは停車前に、後継車に向けて「ここで止まりますよ」という合図を出します。
安全のために欠かせないものなのですが、停留所で誰も降りないとなると当然バスは止まりませんから、合図も出ませんよね。
停留所で止まらないつもりで運転しているのに急に降車ボタンを押されると、後継車に向けての合図も遅れます。
交通に支障をきたす場合も。
バスに乗っていると寝てしまったり、他のことに夢中になって降車ボタンを押すのを忘れてしまう場合もあるでしょう。
しかし、安全にスムーズにバスが運行できるように、できるだけギリギリで降車ボタンを押すのは避けたいですね。
間違えてバスの降車ボタンを押してしまったら?

「降りる場所じゃないのに間違えた」「子供が押してしまった」という風に、本来降りる場所でないときに降車ボタンを押してしまったなんてこともあると思います。
たまたま他に降りるお客さんがいれば何の問題もないのですが、いない場合はどうしたらいいのでしょうか?
間違えて押して他に誰もおりる人がいないとき、「すみません、間違えて押してしまいました」と運転手さんに伝えましょう。
「誰も降りられませんか?」と確認をする運転手さんもいますが、手をわずらわせないためにも、先に申告する方がスムーズです。
結構押し間違える人っています。
みなさん自分の座席から「すいません間違えましたー」と申告しています。
それで終わりです、私も何回か申告したことがあります^^;
良くないのは、恥ずかしいからと黙ってしまうこと。
バスの発車が遅れて他の乗客にも迷惑がかかってしまうので、一言間違えたことを伝えるようにしてくださいね。
バスの降車ボタンは終点で押してもいい

さて、ここでふと疑問が。
「ここで降ります」という意思表示の降車ボタンですが、降りる先が終点の場合降車ボタンは押すべきなのでしょうか?
調べたところ、終点で降車ボタンは「押しても押さなくてもいい」とのことでした。
多くの交通局で「終点は必ず停車する決まり」になっているので、押さなくても必ずバスは止まります。
押さなくても止まりますが、押しても問題はありません。
特に、子供はやたらバスの降車ボタンを押したがるもの。
「終点なのに子供が押してしまった!」という場合でも、怒られたりすることはもちろんないので安心してください^^
バスバスの降車ボタン、押せなくて乗り過ごした——地味に恥ずかしいあの瞬間
先月やらかした
バスで一駅乗り過ごした。
降りるバス停はわかってた。近づいてくるのも見えてた。なのにボタンに手が伸びなかった。そのとき車内には自分しかいなかった。それでも押せなかった。
バスが止まったのは次のバス停だった。降りて、来た道を歩いて戻りながら、じわじわ恥ずかしくなってきた。誰も見てないのに。
なんで押せないのか、自分でもよくわからない
これ、けっこう前からある。毎回じゃないけど、特定の状況になると手が止まる。
友人にこの話をしたら「あーわかるかも」と言われた。自分だけじゃないらしい。でもじゃあなんでためらうのか、うまく言語化できないままずっときていた。
乗り過ごした日の帰り道で、少し考えてみた。
ためらうのはだいたいこういうとき
自分しか乗っていないとき
これが一番謎なパターン。自分しかいないなら、押さないとバスは止まらない。それはわかってる。頭では完全にわかってる。
でも押せない。
たぶん、「本当にここで合ってるか」を誰かに確認したいんだと思う。他に乗客がいれば、その人たちの動きが一種の答え合わせになる。同じバス停で降りる人がいれば「ここで降りていいんだ」と安心できる。自分だけだと、その確認ができない。全部自分で判断しないといけない。それがなぜかプレッシャーになる。
われながら変な話だと思う。
混んでるときに「誰かが押すだろう」と思うとき
反対のパターンもある。
乗客が多くて、次のバス停で降りそうな人がたくさんいる状況。こういうときも自分はなかなか押さない。誰かが押すだろうと思って待っている。
でも全員が同じことを考えていると、誰も押さない。バス停を通過する。実際そういう場面に何度か居合わせたし、たぶん自分がその原因になったこともある。
タイミングがわからなくてビビるとき
何個手前で押せばいいのかが、路線によって違う気がしてずっと掴めていない。
早すぎるのも変な気がするし、遅すぎると運転士さんに迷惑かなとも思う。そのタイミングを測っているうちにバス停が迫ってきて、焦って、結果押しそびれる。このパターンが一番多いかもしれない。
乗り過ごして歩きながら思ったこと
10分くらい歩いた。
ボタンを押すのは意思表示だ。「次で降ります」と伝えるだけのこと。難しくない。難しくないのに、「ここで本当にいいのか」「他の人は降りないのか」「タイミングはこれでいいのか」と頭の中で確認が始まって、止まってしまう。
考えすぎなのはわかってる。でもそのとき頭の中ではわりと真剣にやってる。それが余計に疲れる。
最近やっていること
降りるバス停を決めたら、2〜3個手前でスマホをしまうようにした。ボタンを押すことだけに集中するための、自分なりの準備。
それでも迷うことはある。でも乗り過ごして歩くよりはましなので、迷ったら早めに押すことにした。早く押しすぎて困ったことは今のところない。運転士さんはちゃんと正しいバス停に止めてくれる。
あと、自分しか乗っていないときは小声で「押さないと止まらない」と言うようにした。声に出すと少し覚悟が決まる。
同じ経験がある人へ
この話をすると「そんなことで」と思われることもある。わかってる。客観的に見たら大した話じゃない。
でも地味にストレスで、地味に引きずる。乗り過ごしたあとの「なんで押せなかったんだろう」という感覚は、けっこうじわじわくる。
たぶん根っこにあるのは、意思表示することへの小さな緊張だ。「ここで降ります」と宣言する行為が、なんとなく怖い。押し間違えたら恥ずかしいという感覚もある。合理的じゃないけど、そう感じてしまう。
早めに押す習慣をつけるのが一番シンプルな解決策だと思う。ただ習慣になるまでが長い。
まとめ
- 自分しか乗っていないのにボタンを押せず乗り過ごした
- 乗客が一人のときは判断を全部自分でしないといけないプレッシャーがある
- 混雑時は「誰かが押すだろう」と全員が思って誰も押さないことが起きる
- タイミングを測っているうちに考えすぎて押しそびれるパターンが多い
- 対策は降りるバス停の2〜3個手前でスマホをしまって集中すること
- 早めに押しすぎて困ったことは一度もない、迷ったら早めが正解
次こそ乗り過ごさない、と毎回思っている。たぶんまたやる。
